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少子化を嘆いてみる(2)施策も無策というけれど。

行政の世界では少子化対策って言葉がすご~くブーム。
そうはいっても、実際子育てしてる僕たちには、行政がどんな少子化対策・子育て支援をしてるかってのはいまいちピンとこないもんです。年に何回か届く児童手当の通知書とか、医療費助成の手続きの案内とか、子育てサロンの案内とか、その程度の認識。

そんなこんなで函館の低出生数。もちろん自治体だけが悪いわけじゃなくて、函館の企業が子育てにまつわる部分にあまり優しくない傾向があったりするのは確かなのですが、もっと身近で具体的な行政の子育て支援プログラムがあってくれれば、すごく助かるのにな~と思ったことはいくつかあります。

で、突然話の切り口が変わりますが、
たまたま今日の函館新聞でも、人口関連の記事がトップ。「函館から上磯への人口流出、02年機に増加傾向」なんだそうです。

地価が高く老朽住宅が密集している函館市内から、一戸建てを安くゆったりたてられる隣接町村への人口流出は90年代に一気に進んで、数年前にようやく一段落したばかり。函館と上磯の関係だけみても、1996年には転出超過が800人以上いたものが、2002年の転出超過は159人にまで収まったんです。

それが2004年には再び転出超過400人まで増加。新聞の見出しには「要因見あたらず」として、上磯の建築着工数の推移などを根拠に、転出増加の理由は特に思い当たらない、というコメントを市も出してます。
対七飯町や対大野町の転入出の差で見ればここ数年僅差を維持しているというのに、対上磯町だけ突出しているのは確かに不思議な部分なのです。

でもここでひとつ、仮説を立ててみます。
もしこの転出超過の理由が「医療費助成制度」の違いにあるとしたら。
上磯町は独自の医療費助成制度として、12歳まで医療費がかからないようになっていて、子育てをしている函館市民のあいだでもよく話題になるくらいです。もしも、この制度を頼りにして若い家族が上磯へ引っ越しをしているとしたら、「特に理由は思いあたらない」という新聞記事のつじつまも合ってきます。

手元に函館・上磯の統計指標がないので、今は自分で調べることは出来ないんですが、両方の街の0歳代・30歳代の転入出の数値を確認して、それを他の年代の数値と比較すれば、はっきりとわかることでしょう。

この辺の比較は両市町の関係者の皆様にお任せいたしましょう。(ホントはこれくらいの指標はそれぞれwebサイトにおいといて欲しいもんですが)
で、もし僕の仮説が立証されたのであればお知らせ下さい。無策だなんて言葉はもう二度と使いませんので(^_^;


ついしん
よく昔、「上磯町のほうが税金が安い」なんつー噂がよく流れてましたが、なんでそんな話がまかりとおるのか、ずーっと不思議に思っておりました。最近は個人住民税の均等割もすべての市町村で均一になりましたし、違いなんてありませんよねぇ。それとも市民の知らない優遇措置があったりするのかしらん・・。

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少子化を嘆いてみる(1)産めるカラダなら産みましょう。

今朝の函館新聞朝刊。「市の04年人口動態/出生数初の2000人割れ」。

ついに2千の大台をも割り込んでしまった函館市の年間出生数。僕が生まれた1973年は第2次ベビーブームで、出生数は確か年間5,300人くらいだったものが年々減り続けて、大台割れは時間の問題でもあったんですが、ついにきたかという印象です。当時を100とすれば、わずかに37%という数字。

全国で比較してみますと、昭和48年の出生数211万人を100とすると、平成16年は110万人ですから、52%。
うーん、全国52%に対して函館37%?この差ってば、函館は相当ヤラレてるってことですなぁ。何とかせにゃ。。

少子化についてはいくつかに分けて書きたいと思ってますが、僕が感じていることに近いことを言っている人たち(1)(2)がいますので、まずは見てみて下さい。

彼らも指摘するように、現代では、子育てに係る経済的負担や将来への不安感、社会における娯楽要素の多さが出産を抑制させている大きな要因でありましょう。

じゃあ、「だから産まない」は、アリなんでしょうか??
私達自身は、親から魂を授かって今を生きてます。生まれた理由が何であろうとも、なんだかんだタイヘンであろうとも、生きてます。タイヘンだから、困難でも知恵をつかって未来を切り開く。カベを乗り越えようとするもんです。
そうやってはるか昔から親から子へとリレーされてきた魂のバトンを、自らの手でリタイアさせてしまっていいのでしょうか?

と熱く語ってみても世の中はいろいろ複雑で、望まれないまま生まれる子供もいたり、生まれてもきちんと育ててもらえない子供もいたり、親の都合とはなかなか勝手なものです。

でも、
「子供を産める身体を持つのなら、子供を育てられる精神を持つのなら、ぜひ産んでほしい」。


うちにはありがたく生まれた子供が一人おりますが、超未熟児でしたから、それはもうハラハラドキドキの生後3ヶ月でありました。あと一歩で母胎にも危険が及んでいたかもしれなかったし。カミさんと同じ病室には出産にあたりいろいろ身体的な悩みを抱える女性がたくさんいて、夫婦でいろんなことを考えるきっかけにもなりました。その結果としてのメッセージが上に書いたものです。

我が家は今みんな元気でやってますが、育児上の様々な負担は現実のものです。それでも、家族の笑顔が支えです。

使い古された言葉になりますが、
出産・育児経験は、生きる上でかけがえのないものを与えてくれる、すばらしいことなのであります。

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自主研修会にて考える。

函館にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。誠に感謝感謝。

第2回の自主研修会を開催しました。テーマは個人情報保護法。
この法律は4月施行を目前にしておりまして、話題的にも最近急に動きが活発化しはじめてきて、僕らも対応を急がなくちゃならないんですが、意外と世間は冷めたもので、我々の業界もまたしかり。

とはいえ担当者としてはそんな状況に甘んじてもいられないわけで、しっかり勉強して心の準備をしておきましょうというのが今回のテーマでありました。

ということで仲間達が8カ所からそれぞれ集まってきての合宿です。2日間みっちり議論。自腹きって遠方からやってきて、酒が入ってもなお議論が続く。ある意味ちょっと不真面目な光景です(^_^;熱い議論ののちに、みんなそれぞれ成果を見いだしてくれたようで、開催地幹事としてはなによりです。

自主研修会という名前だけに、職場にはこのような取り組みが公式に認知されていないというつらさもあります。更に昔気質の上司などには、こうした非公式な自主的な取り組みを真っ向から否定する見解も存在するのが事実です。
それはまた、私達の抱える業務上の問題意識が、業界のなかではまだまだ正しく認知されていないという事でもあります。

たとえばみなさんにも、仕事を通じて考えることが、たくさんあると思うんです。
自分や家族の幸福や生活向上。収支とか財政。職場の価値や未来。サービスや品質の向上。地域のことや国のこと。どんなことだって、それに真摯に向き合って考え、取り組み、乗り越えていくのは人間に与えられた使命だと、僕は思って生きてます。

だから、この時代でもなおぬるま湯に浸かり続け、目前の課題を知らんぷりして後の時代にやり過ごすのだけは、ホントやめてください。そんなの許されませんから。

・・・てなことを、合宿の早朝、温泉のぬるま湯に浸かりながら、ぼーっと考えていたのでありました(^_^)

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新幹線がやってくる(4)過去は変えられない

1月28日の青年部の会議は、同日昼に開催された別の会議のためにやってきた北大大学院工学研究科、佐藤教授を交えての意見交換会でありました。

佐藤教授といえば、青年部でも勉強会やフォーラムの講師にお招きしているおなじみの存在。北海道新幹線新函館着工が決定した後にお会いするのは初めてなので、みんなであらためて「着工決定おめでとう!」で乾杯。

その後は先生の近況を聞かせて頂きつつ、みんなで意見交換。
会議には新幹線がやってくる(2)で書いた選択肢をベースにして資料を添付しておいたので、話が多方面へと広がります。まあ、何に一本化するでもない会合ですから、みんな思っていることを意見しあって終了。

実感としてはふたつ。
ひとつは、世代によって、現函館駅乗り入れに関するとらえ方が微妙に違うのだなぁという点。

過去の経過をまざまざと見つめてきた60~70代の人たちは、とことん現函館駅への新幹線車両乗り入れにコダワリを持っている傾向が強いようです。
少し下の50代は、10年ちょっと前にゴタゴタもめたイヤな思いを目の当たりにしているようで、新函館を前提として比較的妥協要素が強いような印象。
40代から下になると、新函館は前提ながらも、札幌まで延長されるなんて遠い未来の話なのだから逆に現函館駅アクセスを特に強化すべきという傾向。


それともうひとつの実感は、ここに至るまでの過去を置き去りにした意見も散見されるなぁという点。

北海道新幹線はここまで幾多の紆余曲折を経てきたわけで、更に現函館駅乗り入れ問題というのはもっと大変な歴史を持っているわけです。

北海道新幹線着工の声がさっぱり聞こえてこない90年代前半、函館市では市議会やうちが声高に「現駅乗り入れ」を掲げ、うちは期成会を通じての活動、市議会は現駅誘致を全会決議したということがありました。

当時といえば、北海道新幹線は出来たとしても「ミニ新幹線」だと言われていた時代。したらば現駅乗り入れも可能ではないかという主張は確かに一理ありました。でも残念ながら、市政と道政は正直しっくりいっているとは言い難かった。

更には、道央圏の有力政治家が札幌までの着工に強いコダワリを持っていたりもしましたし、地元での議論の過程では渡島大野への配慮が欠けたのか、反感を持たれてしまった面もあった様子。

結局、駅の位置が決まらなければ環境アセスメントも着工認可も出来ないということから、市と道でトップ会談を行って、渡島大野で最終決着を見たというわけです。


ということもあって「新函館=渡島大野」は絶対のものという前提があります。
北海道新幹線は札幌まで、いつかきっとのびる、という前提も忘れてはならないということです。

つまりは、こういう前提を再確認した上で、現駅アクセスを講じる必要があるとゆーことです。

でもまあ、佐藤教授の言葉を借りてひとこと、「あのころ、ミニ新幹線ですら着工が危うかった北海道新幹線が、フル規格で新函館までやってくる。これは奇跡に等しいことなのだ。だから、みんなまずは大いに喜びましょう!」

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新幹線がやってくる(3)期待はほどほど、信念はしっかり。

当blogに初めてトラックバックがつきまして、ほんのりうれしいわたくしです。
なので、そこにさらにトラックバックなど。

今日は「新函館駅」のお話。
新函館駅=現・渡島大野駅は、函館のとなりまち、大野町にあるのはご承知のとおり。

大野町のウェブサイトのなかには、新函館駅周辺整備計画のページがありまして、その中にはでかでかと駅周辺開発予想イメージパースがアップされています。

大野町の吉田町長さんはなかなかの方と評判で、道南の首長さんのなかでもいち早くwebを活用して町のことや自分のことを発信しておられることでも知られておりますが、そのなかの書き込みでも、「新幹線によってまちづくりの方向を見失ってはなりません。夢ばかり追わず、現実を見据えたい」「新函館駅は、大野町だけではなく道南全体が発展するための駅になっていただきたい。近隣町村とも話し合いながら、駅を育てていかなければならない」と、圏域全体の発展に配慮された発言をされております。

んでは。
新函館駅は育てていけるんでしょうか?

あのイメージパースでは、多くの人に誤解を与えかねないんですよね。いや現実に、トラバ先のblogのように、誤解を与えてしまっていたりもします。

じつは、郊外立地の新幹線駅の周辺が栄えるという事例は、ほとんどないんです。

【事例1】====================
東海道新幹線のなかにある「岐阜羽島」駅。住所は岐阜県羽島市、街の人口は6万8千人。人口41万人の県庁所在地岐阜市からは名古屋鉄道で16.3キロ、乗車約26分の位置になります。

で、その岐阜羽島の駅周辺の様子は、いくつかのサイトからも、見て取ることができます。

岐阜羽島駅は殺風景な場所にある。
たぶん新幹線開業時から変わってなさそう。このまま改装もなく放置されれば「国宝級」になれそうな勢いの岐阜羽島駅。
岐阜羽島駅は今では「田んぼの真ん中」ではなくなったが、周辺開発は遅れている。どこに理由があるのかわからないが、駅南の広大な地域に、繊維問屋街を造る計画や大規模なショッピングセンターを造る計画が何度か立てられたが、いずれも頓挫している。

東海道新幹線は昭和39年に開通し、高度経済成長時代を経て40年。それでもなお、このような状況です。
実は岐阜~名古屋間の距離が30キロあるにもかかわらず快速電車でわずか19分ということもあって、岐阜市の人たちはほとんどが名古屋から新幹線を利用するために、岐阜羽島駅の価値が低いというのも理由のひとつみたいなのですが、それにしても、ん~・・・どうでしょう?


【事例2】====================
岐阜羽島にかかわらず、駅前整備が思うように進んでいない駅ってのは、某掲示板でもやり玉に挙げられるほどたくさんあります。
極端な例では、開業して7年がたった長野行新幹線「安中榛名」駅。安中市は人口4万8千人の街ですが、安中榛名駅は全くの山の中に出来た駅で、もともとなーんにもなかったところにJR東日本などが宅地造成を進めているんですが、駅前はほんとにすごい景色(1) (2)が広がっています。団地分譲も進んでいるとは言えません。

この安中榛名の隣の駅は、群馬の交通要衝であり人口25万人を抱える高崎駅。そして、高崎~安中榛名の距離は18キロ。

んっ!?
それって函館~新函館間とおんなじですね。
では、新函館は安中榛名とおんなじ道を歩くことになるのでしょうか?


いかがでしょうか皆様そして吉田町長。夢あふれる新駅周辺開発予想図はビジョンとしては大切なのですが、過度な期待は持てないものだと思います。

新幹線着工が決まってからは、「新函館駅が出来るおかげで人口や商業集積が移動して、函館の既存繁華街はますます廃れていく」という悲観論をちょくちょく耳にするようになったのですが、今回紹介した先例に見るように、新駅周辺で宅地開発すら思うように進まない現状のなかで、大型商業施設も進出だなんてありえないと思いませんか。

新函館駅は、交通拠点としてのターミナル機能の整備は必須でありましょう。しかし、それ以外の公共事業は、現実を見据えて最小限にとどめて体力をつけておくほうが、いいのではないかと思われます。

そしてもし、宅地開発で人を住まわせるということを考えるのであれば、「函館市民」を移住させるという考え方ではなく、「首都圏などから、定年退職者等の移住希望者をつれてきて定住を促進できるような地域開発」を目指してほしいと思います。

なにより、基本かつ大事なことは「新幹線ありきではない、揺るぎないまちづくりへの信念」ではないかな、と。

そんな私見を述べたところで、大野町は上磯町と合併して北斗市になって、こういう指摘をものともせずに合併特例債を使って新函館駅周辺開発に着手しちゃったりして、あげくに「駅名を【函館北斗】にしろ!」だなんて騒ぎはじめたりしないだろうか・・・と、ちょっぴり不安にもなってしまうのでありました。

おそらくこれも追記が出ますが、今日はこのへんで。

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新幹線がやってくる(2)新駅アクセス最善策って。

いま一番デリケートな話題に、まっさきに食いついてみたりします(苦笑)

切り込み隊長は、日本経済新聞でした。
「新函館駅から新幹線車両をスイッチバックさせて、函館駅への乗り入れを経済界が要望している。」

ふーん、経済界。。

うちじゃん。

誰が言ったかなどは全く不明ですが、たしかに待望論として根強いのは誰も疑わぬ事実。
僕自身も、費用面さえクリアできれば、そりゃ~実現させてほしいですもん。

ただ、世の中「そんなの現実的じゃなーい!」という人も多いようなので、やや解説。

函館駅から、新函館駅=現・渡島大野駅までは、距離にして約18キロで、非電化で単線(七飯~渡島大野)。いまの運航ダイヤでは、ディーゼルカーで25分~35分かかります。

18キロってーと、わかりやすいたとえならば、東京モノレールの浜松町から羽田空港まで。東海道本線なら東京から川崎まで、札幌だったら銭函まで。結構あるでしょ。

ちなみに、函館駅から函館空港まではたったの6キロ。

つまり、せっかく「時速300キロ運転!東京函館間3時間30分!」なんつって力を振り絞って時間を短縮しながら新函館へ新幹線がやってきても、そのさきの函館市街まで30分もかかってしまうのでは意味がないんですね。
よほどの利便性をアピールしなければ、新幹線も「乗るまで遠いから不便だな~。空港のほうが便利だもんな」ってことになりかねないんです。

で、その利便性に一番適うのが「乗り換え無しの新幹線車両乗り入れ」というわけなのです。これを(案1)とします。
ただし、その肝心な費用に関しては、100億やら1千億やら、まあいろんな説があるわあるわ。。。

当然、やるのであれば一番安上がりな方法を選ぶしかないわけで、自分勝手なイメージであれば、七飯町に作られるのが決まっている車両基地から大中山駅あたりで在来線につなげて、3線レールで地上を函館駅までひっぱってくる。陸橋の下やらなにやら構造上の限界をどうやってクリアしていくかで、費用が変わってくるのかなと。

(05/02/02加筆)
参考として調べたところ、既に開通している山形・秋田新幹線の事例や、現在検討されている山形新幹線酒田(鶴岡)延伸などの「新在直通形式」、つまり改軌や3線レール化にかかる経費は、これらの実績(予想)だと1kmあたり4~5億円。函館~七飯車両基地までは約15km程度と想定されますので、在来線である函館本線の路盤改良には70~80億という数字が導き出されます。

果たしてこれを、高いとみるか、安いと見るか。国や自治体の財政が逼迫するなかで、どうやってお金をあつめるのかが焦点でありましょう。
(加筆ここまで)

っと。別に自分は「新幹線乗り入れ」論に誘導するつもりはまだありません。
そのためのお金をどうするかが全く決まってないわけですから。

たとえばこれ以外にも、市街地アクセスについては、最近にわかにいろんな意見が出てきてます。

(案2)なにも高い金をかけて在来線を新幹線併用に改修させなくても、「フリーゲージトレイン(FGT)」で函館駅までひっぱってくればいい、という話。ちなみにFGTは正式にはGauge Change Train、GCTといいます。

→→→GCTは軌道幅を変更できる電車ですから、期待値は高いですね。九州新幹線長崎ルートでも採用に向けた実験を行うことが決まったとのことですし、積雪酷寒地でFGTが通用するのかどうか、JR北海道の技術力が試されるところ。

(05/02/02加筆)
九州や四国はこのGCTの導入にめちゃくちゃ積極的で、このためだけに中央陳情活動なんかもやっているらしく、その姿勢は見習うべきかもしれません。勉強会なども熱心で、四国松山では国土交通省鉄道局の技術開発担当の方をお招きしてフォーラムを開いたりしているようですが、こちらのサイトによれば、車両開発コスト以外に、新幹線から在来線への「渡り線」(業界では「すべり台」というらしい)の設置だけでゆうに100億は下らないんだそうで、なんだかため息が出てしまいます(それって案1の在来線改良より高いんじゃん!!)


(案3)市街地からモノレールやニュートラムを建設する。某アンケートで突然浮上した案。

→→→まあ、需要や費用対効果をまったく考えていないのではと思わされる選択肢でありますが、某アンケート結果でも突然浮上してみたり、一般市民的に見ると妙に期待値が高い選択肢であるので、無視するわけにもいきません。参考データといたしまして、一番新しいモノレールの沖縄都市モノレールのお話を記しておきますと、建設距離が約13kmで、建設費は1,128億円(うち国庫負担618億)。って、結構するもんですねぇ~。
(加筆ここまで)


(案4)市電をJRに乗り入れさせればいいという話。これで湯の川温泉直行便を実現させる。あるいは、LRT(新世代路面電車)として市内から新函館まで延長すればいいという話。

→→→これもお金がかかりそうですねぇ。JRに乗り入れるには軌道幅と架線電圧の問題が。乗り換えの手間もそのままです。


(05/02/02加筆)
(案5)デュアルモードビークル(DMV)による、道路・鉄道直通運転。

→→→これは先日の青年部の会合の際聞いたところでは、北大佐藤教授のところの学生が研究を行っているとのことで、函館の人口集積地区(五稜郭・美原等)からDMVを走らせ、五稜郭駅や桔梗駅あたりから在来線を走らせて新函館へ向かうというもの。課題は車両開発コストと、車両の大きさ、つまり現在のJR北海道のDMVはマイクロバスがベースになっていることもあって、乗車可能人数が少ないものだから、果たして大型路線バスサイズのDMVが実用化できるのかどうか、あるいは運行システムをどうするか、運行事業者はJRなのか民間バス事業者なのか、いろいろあり。
(加筆ここまで)


(案6)現実的には、在来線の改良と快速列車の運行でしょ。

→→→注文をつけるとすれば、アクセス列車の乗車時間は20分以内を目指してほしいし、七飯とか途中駅に全部止めるくらいの地元密着性があってもいいのかなと。それと、乗り換えの手間が最小限であること。つまりそれは、九州新幹線新八代駅のように「同一ホーム乗り換え」を実現させるのかどうかという点。それともうひとつ課題は「新幹線」「函館方向」「札幌方向」いずれの接続もスムーズにするためのダイヤ調整が難しいと言われていることでしょうね。
(しかも札幌方向は、峠越えの急な登りですからねぇ。むかし客車列車だった時代はスイッチバックしてたくらいですし)


(案7)道路が整備されてるし、ほとんどみんな車とかバスを使うんじゃないか、という話。

→→→地元民にはいいかもしれませんが、外から函館にやってきた方々には優しくない。シャトルバスを走らせようという話もあるんですが、先に開通した東北新幹線八戸駅では、鳴り物入りでスタートした駅と中心部を結ぶ「新幹線シャトルバス」が、利用客が定着せず、わずか1年半で廃止されたという事実もあるんです。


いやはや、素人のなかでもいろんな意見があるもんです。
函館駅~新函館駅の需要予測も大きな参考材料になるでしょうけど、現在年間約200万人が利用する函館空港にしても、アクセス方法がシャトルバス(20~30分間隔)・路線バス(30~1時間間隔)・タクシー・自家用車で事足りちゃうことを考えれば、あまり大風呂敷も敷けないなあと思われます。
まあ、そう遠くないうちに、それぞれの案についてどれが合理的で利便性が高いのか、ぼくらは仕事を通じて総意形成を図っていくことになるのでありましょう。


そこまでやってみたところで、何を待望しても最終的には、直接受益者のJRが決断することになるわけですから。そこはせめて、利用者の負担が一番軽い方法を選んでほしいなと切に願っております。

たぶん追記が出ますが、今日はここまで(^_^)

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新幹線がやってくる(1)いろんな課題

新年はなるべくあかるい話題ということで、新幹線のお話を、いくつかに分けて書きます。
いよいよ今年5月21日(予定)、北海道新幹線が着工することとなりました。

着工から10年程度で完成することも明示されました。
もしかすれば、うちの息子の小学校の修学旅行は新幹線になるんです。自分の中学の修学旅行が連絡船の最後の年度(1987)だった事を考えれば、すごいことなのだ。

んでもって。
新幹線がやってくる前に、僕らがやらなくてはならない仕事がいくつかあります。
大きく言えば「函館の魅力づくりと発信、おもてなしの心の育成」。
これはじつは、新幹線が来ようが来まいが本来やっておくべき事なのですが、自分を含めて田舎もんはのんびり屋さんが多いので、今回は新幹線をきっかけに、しっかりやっておく必要があります。

そうしないと、「ストロー効果」といって、東京とか札幌とか、函館よりも求心力のある街へ、どんどん人や物やカネが流出してしまうんです。

もちろん、ハード面の方針だってしっかりしなくちゃならない。
すでに新聞等に取りざたされている「新函館駅~函館駅」のアクセス問題。
新函館駅周辺整備と、既存の市街地との役割分担をどう行うか。

このあたりを、小分けにして綴って参ります。

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社長ブログ

とやらが、はやりだそうである。
代表的なのがほりえもん
とか、最近ここ函館に注目の社長さんがやってこられまして、その方も書かれてるのを見つけたので、トラバってみました。
社長さま、おそらく近いうちにどこかでお目にかかることになるかと思いますので、宜しくお願いいたします(^_^)

でもって、社長blogってのはいろんな意味で反響が大きいみたいです。それこそ、売り上げや株価に影響することもあるとかで。
社長さんっていろいろいますから、blogもホントに雑記の方から、訓示的なことをかくひとまで。
読む人は社員だったり株主だったり客だったりしますから、それをどう読み取るかってのもまた読み手側の技なわけでして。

さて、そんなわたしは「職員」blogです。たぶん上司や同僚や会員さんや議員さんも読むことがあるでしょう。
時に愚痴も書きます。喜びも記します。燃える闘魂も綴ります。
家族や仕事や街への愛情をたっぷりと語ります。

少しでも前向きで明るい反響が生まれることを願いつつ。。
特に職場。なんぼ言っても動かない事が多すぎるんで、がんがん改善提案を書いて晒します(^_^;覚悟してねん。

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函館にツッコミを入れる。

一年の計は元旦にあり(あるいは正月にあり)。

うーん。
とくに今年は決めてない。某サイトには「カミさんにヨン様の如く微笑み続ける」と書いた。それくらいかな~。

このblogもなんとなくペースが定まらない。
忙しいせいもあるし、もともと筆まめというわけでもない。
そうはいっても、このてのサイトを持っている以上、ほったらかしにはできないという自負もあり。

ということで、ことしは函館にかんするニュース素材にちまちまツッコミをいれていきたいと思う。
blog検索なんかをかけると、このスタイルで書いてる人って結構多い。
んじゃー僕はそのなかにまぎれちゃうかっていうと、そうじゃない、もっと深いところを掘り出していければいいなぁなんて、理想なんですけど。

ま、ぼくなりの街にたいする愛情ってことで。
よろしくおつきあいください。

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新年あけまして。

おめでとうございます。
今年もみなさまにお世話になります。よろしくお願いいたします。

正月休みは29日~3日。明日は仕事始めです。いつものことながら、あっというまに休みがすぎちゃうんですよねぇ。やりたかったことの半分くらいでしょうか、消化できたのって。

29日は大掃除その1。
我が家は現在部屋の稼働率が半分なわけですが、たとえ使っていない部屋があっても意外と汚れがたまっているもんで、そちらをまず掃除。

30日は年末の買い出しで、午前中から夕方までびっしりと。帰宅してからみっちりと風呂掃除、風呂から上がってから、この日初めて手をつける年賀状の印刷で朝方4時すぎまで。

31日は大掃除その2。使っているリビング・寝室・ダイニングをがしがしと掃除。これが恐ろしく疲れた。神棚など新年の飾りを済ませ、実家に年末ご挨拶と夕食を兼ねて出かけ、帰宅して新年を迎え、また年賀状の印刷で朝方まで。

1日は昼過ぎからカミさんの実家に年始のご挨拶。そのまま夜までおじゃましつつも、年賀状を持ち込んで頭を抱えながら一筆入稿。当然全部できるわけもなく、3分の1を残して帰宅。

2日に目覚めた時の夢が初夢とされているわけですが、今回見たのは昨年末着工が決まったばかりの北海道新幹線に乗って出張しているというもので、なんともタイムリーというか、自分らしいというか、我ながら感動してしまったわけです。
この日は毎年恒例の実家行事がなくなったので、つい一家3人でたっぷり昼寝してしまい、目覚めて夕方、夜は踊る大捜査線をみながら残りの年賀状を書き、24時過ぎに中央局まで行って投函。帰宅後は新しいPCの環境改善作業にいそしみ、またもや深夜4時。

そして最終日の3日、またも昼前起床で午後は初詣、夫婦で大吉を引き、うちの実家へ新年挨拶→カミさんの親戚訪問で夜帰宅。子供を寝かしつけてPC設定をちまちまと行い、webサイトを巡回し、最後にblogを書いているという次第。


休みの間に、家電量販店で初売り系グッズを物色したかったり、家の中の散乱した書類の整理をしたりもしたかったんですが、全く時間がとれず。親戚も1件まわりそびれた。

独り身の時代は、年末といえば「ニューイヤーカウントダウンin函館」なんかを仕掛けてたわけですが、所帯を構えているいま同じことをやれというのは、正直不可能に近いのだということをここ数年実感しているわけです。じゃあ当時、所帯を持ちながら参加していたメンバーもいたのだという事実に、あらためてそのパワーとエネルギーと奥様の偉大さを、痛感するのでありました。

世間の正月休みってのは、もっと気楽なんでしょうかねぇ。
正月休みに旅行や温泉に行く人って、家のこととかどうしてるんでしょう。
もっとも、1日からいろんな経済活動が行われているご時世、正月休みなんて話があるほうが恵まれてるのかもしれませんが。

ともあれ、今年は例年よりもちょっぴり気持ちよく新年をスタートできたということで、よしといたします。
みなさんの正月模様も教えてくださいまし。

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