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新幹線がやってくる(4)過去は変えられない

1月28日の青年部の会議は、同日昼に開催された別の会議のためにやってきた北大大学院工学研究科、佐藤教授を交えての意見交換会でありました。

佐藤教授といえば、青年部でも勉強会やフォーラムの講師にお招きしているおなじみの存在。北海道新幹線新函館着工が決定した後にお会いするのは初めてなので、みんなであらためて「着工決定おめでとう!」で乾杯。

その後は先生の近況を聞かせて頂きつつ、みんなで意見交換。
会議には新幹線がやってくる(2)で書いた選択肢をベースにして資料を添付しておいたので、話が多方面へと広がります。まあ、何に一本化するでもない会合ですから、みんな思っていることを意見しあって終了。

実感としてはふたつ。
ひとつは、世代によって、現函館駅乗り入れに関するとらえ方が微妙に違うのだなぁという点。

過去の経過をまざまざと見つめてきた60~70代の人たちは、とことん現函館駅への新幹線車両乗り入れにコダワリを持っている傾向が強いようです。
少し下の50代は、10年ちょっと前にゴタゴタもめたイヤな思いを目の当たりにしているようで、新函館を前提として比較的妥協要素が強いような印象。
40代から下になると、新函館は前提ながらも、札幌まで延長されるなんて遠い未来の話なのだから逆に現函館駅アクセスを特に強化すべきという傾向。


それともうひとつの実感は、ここに至るまでの過去を置き去りにした意見も散見されるなぁという点。

北海道新幹線はここまで幾多の紆余曲折を経てきたわけで、更に現函館駅乗り入れ問題というのはもっと大変な歴史を持っているわけです。

北海道新幹線着工の声がさっぱり聞こえてこない90年代前半、函館市では市議会やうちが声高に「現駅乗り入れ」を掲げ、うちは期成会を通じての活動、市議会は現駅誘致を全会決議したということがありました。

当時といえば、北海道新幹線は出来たとしても「ミニ新幹線」だと言われていた時代。したらば現駅乗り入れも可能ではないかという主張は確かに一理ありました。でも残念ながら、市政と道政は正直しっくりいっているとは言い難かった。

更には、道央圏の有力政治家が札幌までの着工に強いコダワリを持っていたりもしましたし、地元での議論の過程では渡島大野への配慮が欠けたのか、反感を持たれてしまった面もあった様子。

結局、駅の位置が決まらなければ環境アセスメントも着工認可も出来ないということから、市と道でトップ会談を行って、渡島大野で最終決着を見たというわけです。


ということもあって「新函館=渡島大野」は絶対のものという前提があります。
北海道新幹線は札幌まで、いつかきっとのびる、という前提も忘れてはならないということです。

つまりは、こういう前提を再確認した上で、現駅アクセスを講じる必要があるとゆーことです。

でもまあ、佐藤教授の言葉を借りてひとこと、「あのころ、ミニ新幹線ですら着工が危うかった北海道新幹線が、フル規格で新函館までやってくる。これは奇跡に等しいことなのだ。だから、みんなまずは大いに喜びましょう!」

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