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「優しい時間」ツアー'05春

いや~、走りました。

ドラマ「優しい時間」の熱狂的ファンであるカミさんに楽しんで貰うべく、休み無しで働きづめた3月ぶんの振替休暇なんかも使いまして、4月23~25日の2泊3日で富良野・登別「優しい時間」ツアーへと行って参りました。

==4月23日土曜日 (初日)==

朝9時出発の計画はもろくも崩れさり、函館は10時半の出発。ときどきぐずる息子対策に、有珠山SAやら岩見沢SAやらでだましだまし休憩時間を入れつつ、まずは三笠ICまで向かいます。

三笠ICを下りたところで、愛車のボンネットから煙がもくもくと。
不調な原因はわかってるんですが、けっこうな勢いで煙がでてるので、やや焦ります。
というのは、これって水平対向エンジン特有の劣化現象で、我が愛車は10年14万キロ走行ということもありまして、たまにエンジンオイルが漏れて蒸発して煙が上がるのです。
今回はオイルゲージはすっからかんに近い状態になってしまい、三笠市内のGSで市場相場より高くつくオイルを充填し、桂沢湖・三段滝経由で富良野へ。外は雪も降ってるし、さすがに寒い。

富良野に着いたのは17時半。そのまま喫茶店「森の時計」へ直行しまして、店前でお約束の記念写真をgetし、ラッキーなことに待ち時間なしでカウンターへ着席。ドラマばりにミルでマメを挽きブレンドコーヒーを飲んで参りました。

夜は有名な郷土料理店「くまげら」の山賊鍋を食し、今夜のお宿「ニュー富良野ホテル」へチェックイン。ひといき入れるまもなく単独行動に移り、富良野の仕事仲間と夜の街に消え、深夜まで呑んでおりました。
このとき聞いた話ですと、週末土曜日に「森の時計」に待ち時間なしで入れたのは幸運だったそうであります。

==4月24日日曜日 (2日め)==

チェックアウトのあとにすぐ、朝早くから開けている「北の国から資料館」を見学。過去の感動が蘇ってきて夫婦で感動しまくり(子供はただ駆け回って遊ぶだけ)でありました。つづいて、仕事仲間お勧めのミルクプリンを買いに「フラノデリス」へ。これまた朝から混んでること。お土産ぶんも含めて自分たちの食べる分も購入しその場ですぐに賞味。これは絶品でしたねぇ~。我が家のお取り寄せリストに追加しようかと思ったくらいでして。

富良野を出て来た道を引き返し、三笠・岩見沢経由で江別へ。4月から甥っ子が江別にいるので、お昼をガストでごちそうし、近くのホクレンショップで食料品を買い込んであげるといういいオジサンっぷりを発揮。その後同じく江別で最近家を建てたというカミさんの友人宅を訪問し、小一時間ほど子供たちを遊ばせているうちに時刻は既に4時をすぎ、今夜のお宿の登別へと向かいます。

登別着は18時。宿は登別グランドホテルであります。登別の仕事仲間氏が頑張ってくれたおかげで、部屋食プランをいい条件でひきだしてくれたのでありました。チェックインして部屋食・温泉を堪能後、ホテルまで来てくれた登別氏と軽く呑みつつ、深夜の全身マッサージに身を委ねながら寝たのでありました。

==4月25日月曜日 (3日め)==

ひさしぶりにぐっすり寝たものの、なんだかまだまだ眠い感じをひきづりつつ起床。朝食バイキングを堪能し、チェックアウトしようとしたところに、営業マネージャーが飛んできて「この度のご利用まことにありがとうございました」と丁重な御礼まで頂き、登別氏の力をまざまざと見せつけられましたのでありました(^_^;
チェックアウトまでのんびりしてたお陰ですっかり出遅れたこともあり、この日は観光して帰る時間がほとんどとれないという状態に。結局室蘭の「草太郎」でおみやげを買い込み、なぜかベビー衣料の「西松屋」で息子の服を買い、伊達市内で仕事仲間が紹介してくれたおいしい蕎麦を食べ、まっすぐ函館へ戻ったのでありました。


無事に家にたどり着き、そのまますぐ外郭団体の会議とまちづくりの会議を2件ハシゴして、再度の帰宅は22時。さすがにへろへろですぐ眠たかったのですが、列車事故のニュースとにらめっこしながら3連休が終わったのでありました。

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お茶漬けと納豆のしあわせ

本日映画祭のミーティング。
東京よりあがた氏ほかメンバーが函館入りして、懸案事項をみっちり協議。
メシもくわずにやってるので、ハラも減るです。24時半終了。

とーぜんですが、家に帰ってもみんな寝てる時間です。
ダイニングテーブルには、ごはんメモ。

帰宅が極端に遅くなることを見越してたのか、今夜は軽めの深夜メニューの設定です。
納豆コースとお茶漬けコース。
どちらを選んでもいいように、キッチンにぜんぶセッティングされています。
本日はお茶漬けコースを選択。あっというまにたいらげる。

心遣いがうれしい深夜1時半でありました。

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調子はどーすか?

ひさしぶりにブログなど書いてみる。

月曜は3月に身を粉にしてハタライタ休日出勤ぶんの振替休暇を1回分取って、土日月と癒しの旅に出てきました。旅日記詳細は後日。

で、旅で十分癒されたつもりなのに、なんとなく気分が重いのは連日続く悲惨なニュースのせいだというのもひとつ。
が、仕事上のあきれた話の積み重ねがそれを倍増させていたりもするわけです。

「情報の共有」をめんどくさいという理由で阻害しようとしたり。
「仕事の流れを無視した人事采配」をしておいて、増えた手間に対する理解を示さなかったり。
「法律に基づいて新たに必要となった措置」を「無駄な仕事」と言ってみたり。
職員教育を要する業務を「手引き書などで学習しないほうが悪い」と言ってみたり。
引き継いだ業務があちこちボロだらけで整理を後任者まかせにしてみたり。

こんな職場で働いてはや10年。いつも健康な精神状態ってわけにはいかないんですよねぇ。

全ての職員が、全ての業務フローを資料化して残す、まずここは目標にすべきではないかなと。ISOの考え方っすね。なんなら、全職員がそれを簡潔に上の人間にプレゼンするというような仕組みをつくってもいい。

だいいち、管理者や上の人間が、担当者の持ってる業務の流れを正しく把握できていないというのが問題で、そんな状態だから人事異動時の業務引継もみんなテキトーにすましちゃう。そのせいで、本来引き継いでいかなくちゃならない最低レベルの業務品質が異動のたびに低下していくという現象が起こる。

そんなこんなを考えながら作業しているうちに、本日の帰宅時刻は23時20分となってしまいました。


深夜に仲間からお悩み相談の電話などもあり。
分野はともあれ、みなさんいろんな領域でいろんな悩みを持っていらっしゃる。

先日もある人生の先輩に諭されました。「言うなれば『たかが仕事』。仕事に悩みを持てるというのはそれ以外の要素は安泰ということなんだから、大して気にすることじゃない」

なるほど、そっすねぇ。メンタルでいろいろ溜まっていたので、だいぶ救われた感じです。

布団に入ったときのカミさんと子供の寝顔を見ると、つくづくそー思うのであります。
今日もちっぽけな悩みで済んで有り難うってね。


みなさんの最近の調子はいかがっすかー。

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午前4時、眠れずに

彼女をベッドに残し~。

と、思わず浜田省吾「JBOY」を絶唱したくなる現在時刻は午前4時20分。
ひと仕事こなして少し肩の荷を下ろしたところなのでした。

なんとか自分を盛り上げなくちゃと思ってからの一週間も、なんとなく体調不良だったり、カミさんが熱を出したり子供がやたらとぐずったり、テンションの低い期間ではあったんですが、いろんな刺激と元気を頂きました。

自分のblogの方針整理に繋がった示唆もあったりしまして。

「テレビってのは明るいほうがいい。誰も好き好んで暗いもんなんて見ないんだから」
by 大橋巨泉。

「仕事を通じて、出会った人達を元気に出来るなら、それが一番だ」
by 三木谷浩史。


そーなんすよね。。忙しかったのもあって、最近自分は真逆のほうを向きがちだったんで。
blogだってテレビと同じで、好きこのんで暗い話を読みあさるお客さんもいないだろうし。
地域を元気にしたいって言ってる人間が疲れて元気がなかったらどーにもならんわけですから。


少しヒマになるよう心がけます。
・・・・3時間寝たら会社だ~。

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こんなんでいいわけない(2)

のが、自分。

ひさびさのまともな週末も、だらだらと過ぎてしまいました。
心もとがり気味であります。

夜中に書いたラブレターは相手に渡してはならんと言われますが、夜中に書いたblogも読まれたものではありませんな(^_^;

暗い。。。


土日共にずるずると昼寝に費やし、心身こってりとやられ状態。
昨日我が家にやってきたW一家の奥様もうちのカミさんに「だんなさんお疲れのご様子で・・・」と心配の言葉をかけて下さったとかで、ほんっとすいません。

快復までしばしかかりそうです。
明るい話が書けるまでここも休むことにします。

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こんなんでいいわけない

新年度初日。

11年目のスタートはキモチも新たに新入職員になったつもりで。。。とは、いかなかった。
あきれるほどひどい。

blogという場で特定個人的な非難をするつもりはないけど、そういう人達によって組織が運営されているのだと思うと、つくづく悲しくなる。
このblogももう半年くらいになったし、職場の人間も読んでる人がいるはずなわけで、ちょっと考えてみて、出来ることは一緒に良くしていって欲しいと思うわけです。

朝一番は、異動した職員の辞令交付。
交付者の名前が読み上げられ、交付を受けていく。と、ある職員のところで返事が止まる。緊迫した空気が流れて、誰かが「まだです」と答える。はぁ。。。
4月1日の朝なら、なにかしら行事があるだろうと容易に想像出来る環境にあるだろうに。遅刻常習君なので上司も同僚もみんなもう指摘すらしない状態にあるわけで、あとは自分で気づいてくれないと、どーにもならん。

続いて新課の打ち合わせ。業務分掌が発表となり、新しい仕事が割り当てられる。新課の仕事に対しては何もおそれはないし、むしろ積極的に取り組んでいきたいんだけど、根本的な目的である小規模事業者の支援という仕事自体が今あり方を問われていて縮小基調にある。こうした環境下でお客さん達にどのように向き合っていくか、自分なりの関わり方を見いださなければと決意する。

ひとつ、会合の運営を持たせられる事となったので、早速今後の段取りについて、こちらから具体的な話を切り出してみたものの、上長たちの返答はどうにも当を得ていない。受け答えから感じられるのは、要は「担当者というのは組み立てたプランを上長にお膳立てするまでが仕事だ」という考え方で、担当者が直接どんどん段取りを進めていくことを嫌う傾向が強い。

こういう事書くときは、いつも自分が上長だったら、という事を考えながら書いてるわけなんですが、こんな仕事してたら本当に組織が腐ってしまう。自分が上長で、やる気の溢れる部下がいたとしたならば、その殆どを任せてそのぶんきっちりと報告を上げさせて、最終判断を求められたときだけ口を挟む、それくらいにしたいと思うんですけどね。

夕方の職員会議がもっとも酷い。既に朝に終わった打ち合わせの内容を再度なぞらえる。そりゃもう全く意味がない。加えて新入職員がいる前で、職場の規律を乱すような話を上司がし始める。職員会議という場なわけだから、たとえ冗談でも出したらだめな単語があるだろっつーの。ほんと、立場がわかってないというか、だめだこりゃ。。。

最後に「何かほかにありますか?」と言われても、質問や意見もない。まあ、もともと形式的な会議だから意見なんて出てくるわけないんですけど。誰も発言がないので、自分は具体的な協議テーマについて提言させて頂きましたけど。
どうせ会議を開くなら、こーいう形式主義的な会議じゃなくて、もっと協議すべきテーマが別にあるんだけどねぇ。

夜は最後の青年部の会合。いろいろ励まされる。

最後に訪れたいつもの店で、世話になってる常連のおじさんと一連の話をしながら、当世サラリーマン処世術についてアドバイスを頂く。
「サラリーマンは晴れの日もあれば曇りの日もある。光も当たれば影が出る。外から見れば、君もここ数年は花形で光の当たるところで働いてきたんだから、今度の人事は影の部分を見つめていろんなことを考えて、そして少しペースダウンして、のんびりやれという意味だと思うし、今の仕事の進め方が不満ならおとなしくやり過ごして、偉くなったときに変えればいい。君はまだ30年も先がある。今がむしゃらに頑張るのも大事だけど、長い目で見たペース配分も大事なんだぞ」

重みのある言葉で、ぐっときてしまった。
今では要職に就く彼も、若い頃は閑職畑を歩いてきたんだと別の人間から聞いたことがある。そういう想いが言葉の重みになってるんだろう。

こういう話はぜひ職場の上司から聞いてみたいものなんですけど、10年たってて一度たりともそんな会話をしたことがないというのも、なんだかねぇ。

いずれにしても、こんな状況はいいわけがない。上司達に疎まれながらも行動し続けるか、10年堪え忍んでやり過ごすか、ドロップアウトしてしまうか。
己との闘いは続くのである。

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