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まちの中心考

あるコミュニティで、函館の中心地はどこだという話題になって、意見交換されてました。

ひとくちに中心地と言っても定義が曖昧な状態で話が進んでいくので、もちろん意見もばらばら。
中心地の定義には、若者の遊び場・夜の飲み屋・商業店舗の多さ・交通拠点・シンボル建造物の有無、いろいろあてはまっちゃいますし。

函館の街は市街地の郊外化に伴って繁華街が移動していった歴史があります。明治~昭和初期の弁天・十字街に始まり、戦後から昭和50年前半あたりまでは函館駅前、昭和50年代後半から本町・五稜郭、昭和60年代に入ると美原地区。平成に至っては上磯・昭和地区など、商業地域の拡散はとどまるところがありません。

という事実はもちろんあるにしても、「これからは上磯だ」「新幹線新駅の大野が栄える」「五稜郭でさえもうやばい」という「既存中心街悲観論者」さん達がこの街に多いのは、街の行く末を案ずる上で大きな問題でもあります。

魅力がないから(中心街に)行かない=だから必要ない、というのは、自分たちの暮らす街への思いが小さいように思うんです。そういう人達はいつも「この街は面白いところがない」と嘆いているだけでして、自分たちの街をつくっていくのは自分たちであるという意識が薄いように思います。

旧市街地は土地が高い・狭い・汚い・人間関係が煩わしい・親と同居したくない、そんな理由で核家族化や住宅の郊外移転が進んでいった歴史があるのですが、21世紀の今、歴史は既に転換点を迎え、東京23区の人口は増加に転じ、札幌市中央区も増加に転じています。全国の行政機関では「まちなか居住」や「コンパクトシティ」を提唱し、様々な推進施策を実践し始めています。僕自身も、この街の「まちなか居住」や「移住促進」を推進するグループとの関わりの中で、出来ることはひとつひとつやっていきたいですし、そんな思いで今回の記事を書いてます。

中心街はそこに暮らす人々の、住む上での心のよりどころであってほしいし、どうすれば楽しい街になるかも、市民ひとりひとりが考えていく必要があると思うんです。
21世紀は、住環境としての既存市街地が見直され、旧市街地のあり方が見直されていく時代となる、自分はそう信じています。

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