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始末するということ

(名)スル
(1)(物事の)しめくくりを付けること。片付けること。処理。
(2)無駄遣いしないこと。倹約すること。
(3)結果。主として悪い状態についていう。
(4)物事の事情。事の次第。
(by大辞林)

このところ、「始末」について考えることがいくつか続けざまにありました。

外勤中、信号待ちの交差点でふと目にした、やたらと楽しそうに仕事をしていたゴミ収集車のあんちゃん2人組。市の委託を受けた清掃事業会社の社員さんなわけですが、ゴミを片づける仕事に誇りを持っているかのようないい笑顔が目にとまりました。
で、外勤から戻って営業車を地下駐車場に入れ、待つエレベーターの前では、ビルの清掃のおばちゃんがゴミの搬出をしてました。「すごい量だね~」なんて話をすると、彼女が一言。
「これってもともとは全部お金だったんだと思うと、もったいないもんだねぇ。」

で。
その週末は縁あって、稚内から沖縄めざしゴミを拾いながら旅する女性「おやちゃん」を我が家に泊めることとなりました。
http://www.moku-jp.com/pc/mi-go/
ゴミや環境に対する問題意識を、自分たちのスタイル、自分たちのサイズで楽しく考えて実践していこうという姿勢に、自分も深い共感を抱くところなのでありまして、一晩たっぷりと語り合った次第なのでした。
おやちゃん道中気を付けてね~。

とまあ。

人間の営みというものは、必ずゴミ(=物のくず、不要になったもの、役に立たないものなどの総称。by大辞林)を出すように出来ています。これは避けては通れない。
で、問題なのは、ゴミは自らの営みにより排出するものであるにもかかわらず、自らの手を離れた瞬間に、それを他人事に考えてしまう人間があまりにも多い、という事であります。

歩行中や、走行中の車から、空き缶・吸い殻のポイ捨て。
捨てた瞬間、4次元空間を経由して自分の頭上から振ってきたら、どうでしょう。
あるいは、「あっ落としましたよ!」と誰かに拾われたら、どうでしょう。

集合住宅のゴミステーションの、無秩序なゴミの山。
ゴミステーションが自分の部屋の玄関の前だとしたら、どうでしょう。

某国では、ゴミを片づける仕事に就く人間に仕事を与えているんだ、そのぶんの税金は払っているんだと言って、平気で街角にゴミを捨てる文化があるんだそうで。なんだか心が貧しいような。

ゴミ収集を「仕事」と考えたとき、そこに発生する「お金」というのは、
「片づけてくれてありがとう」という感謝の気持ちが込められたものなのか、
「この金で片づけといてくれ」という指令に対するギャランティ(保証)なのか。

悩んでしまいます。
ねむくなってきたので、次回へつづく。

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