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始末するということ2。

で、つづき。

つまり、なんでそんなことを悩んでしまうかというと、このことが、自分たちの仕事のなかの出来事だとしたならば、どうなんだろうと思うからなのです。

自分としては、仕事ってのは整理・後かたづけ・始末するまで(引き継ぎなんかも含めて)が仕事だと思っているわけでして、忙しくて机まわりも整理できない状態で女子職員に小言を言われたとしても、しかるべきタイミングでは、きっぱりときれいにさせて頂いてます。

4月5月は、10年間担当してきた前の仕事の始末で、結構時間がかかってしまったわけですが、実は時間がかかった理由のもうひとつは、新しく担当した業務まわりの始末に、これまた時間がかかってたということ。

ってねぇ、どうして新しく担当したばかりの人間がその新しい仕事の始末をしなくちゃなんないんでしょ。。。
それがうちの職場の七不思議であります。しかも、始末するという労働に対する価値がおそろしく低い。いや、ほとんどない。そりゃまあ、上の人達に言わせれば、自分の仕事の始末くらいあたりまえの話=やってないほうがおかしい、ということなんですけど、うーん、現にまったく出来てない。

例えば各種業務の保存ファイル。
事務屋ってのは、これを引き継いでいくことで業務の流れを見て、人が変わっても処理を継続させていくわけですが、ファイルの保存場所も、整理の仕方もばらんばらんで、保存年限も定まってないものが多いから、いつ処分すればいいか誰もわかってない。倉庫に保管されているファイルよりも古い昭和50年代のファイルとかが、事務所の書棚から発掘されちゃうくらいすごい。

もひとつ例えば、共有サーバの中のフォルダとファイル。
ファイル名が不規則なんてのはよくある話。ひどいのはフォルダで分類もせずに、ただひたすら1つのフォルダに保存されている業務ファイルとか。

そして極めつけは、各種パンフレットやらガイドブックやら。
本日は棚卸しに着手いたしました。書棚に野積みになって、使った痕跡のないものまでぜんぶ引っ張り出して並べて数えると、その数およそ110種類。
F1000032
平成14年版15年版てのは序の口で、初めて目にするものまで、出てくる出てくる。大半は行政機関や関係団体から年中ばんばん送られてくる施策PR用のパンフレットなんですが、よくもまあこれだけ種類があるなというくらいあります。

で、こーいうのって元はぜんぶ税金だったり補助金なわけです。いや、作るのが悪いって言ってるんじゃないんです、必要があるから作っているわけですから。でも、なんかもったいない感が残る。

なんでかって言えば、それらを必要としている人の手にちゃんと渡っているかどうか、そこの部分が気になるわけです。

現状課題はこんな感じでしょう。
○行政機関・関係団体は、のべつまくなしにパンフレットを送りつけてくる。
○なのに、会議等で再配布しようとすると、だいたい部数が中途半端。帯に短したすきに長し。
○経費削減の折、再配布のために郵送費までかけていられない。
○保管スペースが慢性的に不足で、お客様など人目に触れる状態に陳列できない。
○人目に触れないから、大多数の職員は、こういう書類が保管されていることさえ知るすべがない。
○陳列しても、そんなにニーズがないから、数はさばけない。
○管理者が決まっていないから責任ある在庫管理がなされていない。

まあ、このあたりを言い訳にして、ほったらかしてきたんですなぁ。
じゃあ、自分が管理担当を命ぜられたとしたならば、こういう感じで「始末を付けたい」と思います。

○届いたパンフレット類は、表紙をぜんぶスキャニング。
○web上に簡易のDBを構築して、都度データを登録。表紙写真・タイトル・配布開始日(=資料受領日)・ジャンル区分・発行元を文字で登録して検索可の状態に。
○興味のあるお客さんは、必要な冊子を選択して資料請求希望ボタンを押すことで資料請求できるように。
○郵送料は会員無料、一般の方はパンフレット1部100円、冊子1部200円を郵送料として納付。

ていう仕組みを作ったら、使って貰えるかな~と小さな期待など。
ここまでやってみてホントにニーズがないのなら、最終的に資料自体作るのやめたほうがいい、という判断ができるような気もします。


泣き言を言えば、正直いろいろ自分のなかで溜まっているものがあるわけです。誰かがだらしなくしてきた仕事の始末を、誰に頼まれたでもなく、誰を喜ばせるでもなく、何時間もかけてやってるのに特にお給料になるでもなく、そういう作業です。

じゃあ、なんでそんな想いまでしてやってんのかっていえば、それは「我が職場」だからです。
「我が家」と同じ意です。

ただ、職場は他人の集まりでもあり、仕事して給料を貰ってる場所なわけですから、後始末までが仕事だという意識を育てたいし、これ以上「始末に負えない」人を増やしてはいけないとも考えております。

とはいえ、自分で後始末も出来ないような人間にかぎって、こーやって始末係を買って出る人間に対して「あいつはよけいなことをしやがる」なんて感情を抱いたりするのもまた社会の摂理なわけでして。

まあ、そーいう人のことを「始末が悪い」って言うんでしょうなぁ。
日本語って面白い。

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コメント

おお。資料の整理。永遠の課題ですよね。
読んでて感心しちゃいました。自分が管理担当だったら、のくだりの部分。確かに、DB化って、最初は面倒だけど、だれかががんばればその後、すごく使いやすくなるんですよね。
先日実は同じことを感じたことがあります。それは大学の図書館。あれだけ膨大な図書を、すぐに検索できたりするのは、やはり最初に本一冊一冊にコードをつけて入力するという作業が絶対あったわけで。誰かのおかげで今自分が使いやすい図書館になってるんだなとふと思ったんです。資料整理はすごく面倒な作業だけど、とっても大事。大げさに言えば、歴史を残す作業ですからね。私も小僧のアルバム整理とか、自分の仕事やら勉強やらの資料整理やらなくちゃという気になりました。ありがとうです(あまりにレベルの低い自分の身の回りの雑務の話でおちがついちゃってごめんなさい)。

投稿: komu | 2005.06.11 10:30

前回の記事に引き続き、考えさせられる内容ですね。パンフレットは、前職場も例年ほとんど日の目を見ることなく廃棄され、何の益も生み出さずにおりました。少しでも会議で配るよう心がけても、ニーズに合ってるか、など考えながらやると意外にさばけない。しかしながら必要としている人が必ずいるため、PRの窓口を拡大する必要性はあると思います。今回のWEB化の案、非常に良いですね!現役ならすぐにでも着手してみたいところした。送られてくるの物が一緒であれば、各地の同業者と提携して仕組みを作るのも可能でしょうに…絶対同じ問題を抱えているところがほとんどのはずですから(苦笑)

投稿: つね吉 | 2005.06.11 11:49

komuさん、つね吉さん、どーもです。

komuさま、写真の整理もまた家庭内の大仕事でありますし、決してレベルが低いわけではないと思いますよ~。
写真の整理とひとくちにいいましても(うちもそうですが)昨今の写真はホームプリントが普及したせいもあってDSC版やらL版やら2L版やらパノラマやら(パノラマはもう古いか。。)とにかくサイズがバラバラですから、考えながらアルバムに入れてかないとならないし。
元のデータだって、デジカメで気軽に撮れるようになったぶん、すごーい量だし、あるていどフォルダ分けしたりCDに焼いてバックアップしたりとか、更に親戚が撮ってくれたデータなんかが混ざると整理も一層複雑に。。。
なんてことをGW後半から着手して、ようやく一箱5冊のナカバヤシアルバム2箱半まで辿り着いて、まだこれから1箱半分やんなくちゃなりません(^_^;

つね吉さま、おっしゃるとおり全国共通のお悩み事なんだろーなぁとは感じておりましたが、この時代まで誰もそれを解決してこれなかったというのも我が業界の悲しいところでありまして。
もうすこし時間が出来たら実験用のシステムをこしらえて提案してみようとは思いますが、新しい仕事を増やすと厭われちゃう環境にありますもんで、いろいろ溜まるわけなんですなぁ。

投稿: 世帯主 | 2005.06.12 20:32

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