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浜松出張(2)

 その1から続き。

 例えば、最近草野球に興じている東京の友人の話。地元の草野球リーグなどに入って活動できる地方都市のチームは恵まれているそうで、大都市圏ではチーム同士の交流も意外と少なく、練習試合の相手も人づてで、対戦相手も同じくらいのレベルのチームのいくつかに固定化してしまう傾向が強いということもあって、たまには変わった環境で野球をしたいというニーズがあるんだそうです。
 彼曰く、それはどんな環境かといえば、

○非日常的な環境での試合、例えばドーム球場など
 →(これ、大阪ドームとかでは夜中に結構安く球場を貸したりしいるらしく、借りるのも難しくないようで)

○対戦相手の情報がしっかり入手できること
 →(プロ野球の選手名鑑みたいな、なんちゃって名鑑があれば面白いのかな・・)

○プロ野球さながらの演出
 →(草野球世代の人達はテレビゲームの「ファミスタ=ファミリースタジアム」で育った年代が多いので、憧れがあるようです。具体的には、バスで球場に乗り付けてロッカールームに入り、スパイクを鳴らしながら入場。スコアボードに自分の名前が出て、ウグイス嬢が場内アナウンス。TV中継の如くビデオ撮影が入る。名場面のスチール写真なんかも撮影して予約販売。勝ったらヒーローインタビュー。終了後は全員で記念撮影して、そのまま懇親会。オプションでビールかけプランも選択出来るようにしたりとか)

 ポイントになるのは、みんなが主役になれて、スポットライトを浴びてみたい、そういう夢を叶えてくれる非日常的環境。
 で、もし函館でこのようなパックツアーを作って売り出したとしたならば、草野球チームご一行様が大勢やってくる・・のか??

 旅行のスタイルが団体から個人へシフトし、旅行代理店を通さず自分たちで旅行手配する人達が増えている時代にあって、野球・サッカー・フットサルなどなどスポーツ合宿系は残された貴重なマーケットなのだ、と頭では感じながらも、それでちゃんと稼げるのか不安も少々。

 まあ、いつでも大事なのは柔軟な発想つーことで。
 直接的な経済効果を創出させる工場誘致とかは行政にしか出来ない仕事ですし、長期的な戦略が必要になりますから、まずは自分らが始められることをなんかかんか考えて行かなくちゃなぁというのが、今回の旅の感想でありました。

 ともあれ、出張先でお世話になりました、本社ならびに富良野・伊達・浜松・岡崎・中間・直方・八女支店の皆々様、たいへんお疲れ様でした(^_^)

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浜松出張(1)

 の旅ではいつもの如く、それはそれはいろんな方々との懇談を通じて、いろんな事を感させて頂いた、まことに有り難い旅でありました。
 出張自体は業務研修ですから、決まりきった講義を聴いて覚えれば終了。
 本当の「気づき」は見た風景や、出会った仲間達との懇談の中にあるものだったりします。

 特に今回は出張先が中部地方という場所柄、景気回復の底堅さを目の当たりにして、立ち後れている北海道経済を少しでも動かす事が出来ないかと、決意を新たにしたりするわけです。

 景気のいい話、例えば。
 コンビニやフランチャイズの飲食店のアルバイトの時給相場が、850円から。
 当地とはその差なんと200円!8時間労働で1,600円、月20日で32,000円。こんなに差があれば、アパートの家賃が払えてしまいます。
 来春高校卒業予定者の求人倍率が1.5~1.8倍もあるんだそうで、既に人手不足が顕在化し、他の地方へ採用活動を広げているという話なども。
 中部経済の屋台骨である製造業も在庫調整を脱してフル操業へ転じ設備投資も活発化、愛・地球博が成功による直接効果と、観光客入込増加による間接経済波及も凄い規模ということで、現地の景気上昇基調は確定的なレベルにあると言えましょう。

 なんだか凄い話です。おんなじ日本だというのに、わがまちの不景気ムードは相変わらず。製造業(第2次産業)集積が殆ど無い当地函館では、こうした景気回復の風をどうやって受ければ良いでしょうかねぇ。

 てことでそのヒントになる話も、耳にして参りました。

その2へつづく。

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地域づくりと公共交通

の関係は、ひじょーに深い。と、考えている自分。
なぜ深いかを述べると長いので、はしょりますけど(^_^;;

そんなこんなで函館市の委員会組織である「函館市生活交通協議会」の公募枠で委員を務めつつはや数年。
通勤で市電・バスを使うユーザーの視点で見ると、公共交通分野で改善できるポイントはたくさん出てきます。特に函館では、市営バス事業が民間の函館バスに移管され、路線再編など市民の利便向上に寄与する事業再構築がなされるはず、だったんですが、思っていたほど進展していないのも不思議な点です。

協議会ではそんな思いを、一人の市民として意見したりしているのでありますが、どちらかというと協議会は国や道、市町村の補助対象路線のあり方を審議する場というのが本来の趣旨のようで、なかなか踏み込んだ話までしづらいのも事実。

ということで、協議会で出来た事業者(=函館バスさん)との繋がりや、市の担当部局(担当者)との繋がりから、数ヶ月に1回くらいのペースで任意の勉強会を開いてもらいつつ、具体的な提言などをしています。(ライフワーク領域なので、本業以外の時間でやってます)

先日開いた勉強会用の資料&提言は、比較的仕事が落ち着いていて定時退社が出来た夏の夜長をたっぷり使って調査分析のうえ作成したものなんですが、お陰様であちらこちらからご好評を頂き、年内も類似テーマで違う団体向けに数回、講義を行う予定となりました。
関心がある方は下記のURLからどうぞ一度、ご参照頂ければ幸いです。
人口25万人前後の地方類似都市比較を通じ、それぞれの地域の特性を学び公共交通の可能性を考え施策を組み立てる、という内容になっています。
本資料 http://hakodate.cocolog-nifty.com/shiryou/hkd-transportation.pdf
補足表 http://hakodate.cocolog-nifty.com/shiryou/sougou.pdf


ご意見などありましたらぜひ。

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民営化エレジー

子供を持つと、将来のことをより深く考えるようになります。

自分自身、国家財政健全化というテーマに関して、どの党も歳出削減・歳入確保の具体的説明を行わなかった中にあって、郵政民営化には期待を抱いたわけなんですが、我が地元ではそれ以外の複雑な事情も抱えており、いろいろ思いを巡らせた上で1票を投じたところでした。

選挙前から言われていましたが、今日もニュースでどこかのキャスターが「自民圧勝で争点だった郵政法案は早々に通るだろう。では、その後に続く公約や政策案について、投票時に一体どれだけの国民が目をやることが出来ただろうか」とコメントしていました。

日本電信電話公社、日本専売公社、日本国有鉄道。
これらはこの街にもたくさんの雇用を創出し、たくさんの家族がいて、地域を賑わわせ、地域経済に寄与してきました。昭和55年、この小さな函館の街には今(*1)より4万人も多い32万の人々が暮らしていたんです。電電公社・専売公社の民営化が行われた昭和60年頃から人口減少がハイペースになり、昭和62年の国鉄民営化と63年の青函連絡船(国鉄青函船舶鉄道管理局)廃止が人口減の決定打となりました。NTTもグループ会社の分割・統合を繰り返しながら縮小し、JTは平成17年の今年、函館工場を閉鎖しました。
(*1-H16年12月合併直前の旧函館市域)

もちろん民営化によって、当時と同等もしくはそれ以上のサービスが、より効率的な組織・人員で提供されるようになりました。私達も事実それを享受しています。電電公社とNTTを両方知っている人間も「リストラ瀬戸際でノルマ営業に歩く今から見れば、電電時代の仕事は楽だった」といいます。でも、すっかり人は減ってしまいました。

民営化が国にもたらした功績と、地方にもたらした影響。

函館でこうなんです。函館よりも田舎なら、その影響はもっと大きいってのは容易に想像できます。
加えてこれまで官依存体質と言われた北海道の公共事業費削減は建設業を中心に影響を受けていて、ダブルパンチ状態に陥っているわけです。

郵政民営化自体も、一度決まって実際にスタートして、何年か経ってその功罪が語られるとき、かならず地方・田舎の現実が映し出されるはずです。そのとき、地方においてはきっと厳しい現実が待ち受けているのかと思われますし、そこで振り返ったときに「一体郵政民営化フィーバーは何だったんだ」と思わされるに違いないとも思います。

それでも自分が郵政民営化に期待する理由は、自民党をぶっ壊してでも改革すると孤軍奮闘する小泉首相へのエールでもあり、そしてもうひとつ、戦後50年たっても結局自立することを考えてこなかった北海道経済への自戒の念と未来の可能性、新たな産業経済の興隆を信じてのことです。

変わるべき時に変わらない限り、物事はそうかんたんに動いてはくれません。
それが未来のためならば、やはり今変えていく必要があるのではないかなと。
時代は変わりつづけていきますから。

地元への利益誘導のための政権与党への投票、という旧来型の構図は、改革与党として生まれ変わった今回で完全に崩壊してしまいました。

では、これからの政治に望むべきことな何なんでしょう。僕はこう考えます。
地方に必要な政策は自立した経済を育てる事、国に必要な政策は子供が希望を持てる国をつくる事。


小さな小さな職場の中で改革の重要性を感じ、国と地方の矛盾に悩み、あり方を考え、家族の明日を思い、今日も有り難く暮らしています。

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ミクシィなるもの

ソーシャル・ネットワーキングサービス(SNS)ってのが、じわじわと浸透している実感。

ネットという、ともすると仮想的な空間に現実社会の人脈を繋げていく仕掛けは実に巧妙に仕上がっていて、昨年の9月に高校時代の友人からの誘いを受けミクシィユーザとなってから1年が経とうとしています。今ではそこで繋がる人々は43名までになり、暇な時間があればケータイからマイページをチェックするような状況になってます。

のんびりペースで綴っているこのblogも、ミクシィ経由で読みに来てくれる方が多くなりました。
そしてこの1両日中に、めでたく2000人目となる予定。キリ番は誰の手に。。。

ふつーに見に来てくれる皆様に説明いたしますと、ミクシィのマイページの中には仲間の日記の更新情報が全て集約されているので、マイページをチェックしさえすれば、仲間全てのblogを巡回せずとも最新の記事だけ読んでいく事ができます。とか、興味のあるテーマ毎にコミュニティがあって、それぞれの最新の発言も全て情報が集まってきます。

既にミクシィのアカウントを持っている方がいらっしゃいましたら、探してみて下さい。すぐに見つかりますので。
それと、もし参加してみたい方がいらっしゃれば、自分よりご案内メールを差し上げますので、どーぞよろしく。


明日6日から10日まで札幌出張に行ってきます~。

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モバイルバー

外で呑む酒は久しぶりに味のあるキモチのよいものでありました。
キャンプでもビアガーデンでも外で酒は呑みますが、今回はひと味違いましたからねぇ。

「モバイルバーカウンタープロジェクト」という、慶応大学の研究事業。
http://htanaka.sfc.keio.ac.jp/bar/
港に突き出た、今はもうオブジェ的にしか存在していない桟橋にカウンターバーを設置するという、「公共空間のデザイン」研究実験なのでした。
港、夜景、潮風、バー、カクテル。全てが絶妙なブレンドで、いっそうその味わいを引き立たせてくれたというわけです。

本番はおととい8月30日、本日9月1日はふりかえりを中心としたワークショップ。いろいろな意見や感想が出ていました。個人的には、かつてのライバル慶應の若き学生が、いまの時代に何を思い考えているのかを自分の目と耳で確かめたかったという興味もありまして。

バーに訪れた250人のお客さんもそれぞれの楽しい時間を過ごしてたのではと思います。思いがけず一昔前の呑み仲間と再会したりとかも。

一部には「何が公共空間のデザインなの?」的なシビアな意見もあったようですが、この街のあの場所で彼らがこのようなプロジェクトを行ったという事実は、ともすると過去の遺産的に市民から遠い存在だったあの場所を再び照らし出すという点で、きっちりとテーマを実践してくれたんじゃないかと感じてます。

学生達が東京にもどってからの、総括報告がたのしみなのでありました。

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