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尾崎豊

が亡くなって、もう15年。
毎年4月の末を迎えると、必ず蘇ってしまうあのころの風景、仲間、そして自分。

尾崎が自分のココロに入り込んできたのは高校時代。
それから大学にかけて、好きなことを好きなようにし尽くした一方で、つきあう人間の種類や層が、自分で吸収できないくらい拡大していって、どーすりゃいいのかわけがわからなくなってた時に、語りかけてくれていたのが彼でありました。

毎朝、「存在」を聞いてから大学に行ってたこととか。
「永遠の胸」が精神安定剤だったりとか。

1992年4月25日、前の日夜更かしして昼すぎに目覚めた自分は、いつものようにTOKYOFMにダイヤルを合わせ、遅い昼食を取って大学に行く支度をしてました。そこに飛び込んできたニュース。

自分の感情の揺れよりもまず、なんかとにかく急いで仲間に伝えなくちゃと、上石神井のアパートを飛び出して西武新宿線の急行に滑り込み、サークルの溜まり場に急ぐ。

溜まり場には丁度尾崎信者の先輩がいて、一報を告げると彼は驚き少しの沈黙。その後やって来た同期にも報告、何人かで重苦しい空気を共有し。

4月30日、護国寺で行われた告別式に同期とふたり参列することにして、溜まり場で落ち合い都電早稲田から東池袋4丁目へ。既に参列は護国寺から池袋方向へと延びていて、列の最後尾に並んでゆっくりと進む。恐らくそれなりに時間はかかったはずだろうけど、雨模様の肌寒かった記憶だけが鮮明に残っています。

それから時は流れて15年。先日BS2で放送された尾崎特集を録画し、深夜一人口ずさみながら見入っていました。
・・・何年経ってても自分の生き様の中には、彼から託された言葉がいっぱい詰まってるんだなと確認。
それは決して上手な生き方じゃないはずだけど、誰かが何かを感じてくれているのなら幸せなことなのかなと。そしてこの先も、それは変えることはないでしょう。

尾崎番組を鑑賞した翌日に立ち寄ったユニクロで、尾崎の定番だった白い開襟シャツを衝動買いした自分。
今日の外出はそれにGパンを着て、調子にのったついでにGジャンを羽織ったところで妻の一言。

「そ・・・それでGジャンってのは、やっちゃいけない歳のような気がするけど。。。」

・・・・やりすぎたか??

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