究極の選択
って、深夜放送育ちの人には懐かしいフレーズっすよね。
どっちか食べなければならないなら、カレー味の○○○か、○○○味のカレーかっていう。。
いや、そういう話をしたいのではなくて。
ひとつのモノゴトについて争点が生じた時、どうやって解決すればいいか、いつもいつも悩んでしまうのです。
争点があって、2つのうち1つを必ず選ばなければならない時、その選択にはいろんな方法があります。
信念で選ぶ。
正義で選ぶ。
感覚で選ぶ。
利害で選ぶ。
立場で選ぶ。
評判で選ぶ。
人気で選ぶ。
争点である以上、自分がどんな選び方をしても、そうと決めた理由をきちっと説明できなければならない。
難しい争点であればあるほど慎重にもなるし、きっちり前提情報を得てから判断したいとも思うけど、情報を得れば得るほどよくわからなくなっていくこともある。
あるいは、自身の利害と直結する争点であれば、自身にとって不利益にならない選択をしようとするのが人間の習性なのだけど、その選択は自身を孤立させてしまうかも、と予想できたりすると、妥協も入れてみたりとかもする。
またあるときは、人気と評判とを睨みながら、勝ち馬に乗ることだけに意識を集中させてみたりもする。
ここのところ、自分の仲間の多くが「弥生小学校解体新築問題」というものに関心を寄せています。
教育委員会の方針である解体新築に対して、景観形成建築物であり函館の歴史上価値の高い同校校舎を保存活用すべきとの街の声が日増しに大きくなりつつあります。
「で、あなたはどう思う?」と問われれば、そりゃもう悩むわけです。
信念で選ぶ。
→知恵を絞って古いモノを再活用してきたからこそ、この街の今がある。学校だって例外ではない。
正義で選ぶ。
→どうやら利権絡みの背景もあるとの噂だし、それが前提の建て替えなんて言語道断。
感覚で選ぶ。
→歴史的価値ったって校舎じゃ観光スポットにも成り得ないし、残せったってあと何年残せば納得してくれるんだろか。
利害で選ぶ。
→利害は無いわな。。対立側の人から「アイツはわかってないよなー」って言われるくらいか。
立場で選ぶ。
→幼稚園児の親という立場で言うとすれば、進学する小学校は新しくて機能的なほうがいい。
評判で選ぶ。
→市民以外にも多くの人が歴史的価値の高さを評価しているってのは凄いことだ。
人気で選ぶ。
→仲間内の過半が建て替え反対って言ってるし、自分も反対って言ったほうが無難か?
そもそも論までさかのぼると、
○市内には48も小学校があるのに、ここの注目され具合ってちょっと特殊。48分の1の問題って見方をすれば、そこに「俺も市民だから」って言って議論をけしかけるのは、どうにも気が引けるし。
○歴史的価値という視点は殆ど育ってないと思われる生徒達が「新しい学校のほうがいい~!」っていうのは当然なことで、そういう子どもの声を聞いた親だって、子どもが望んでいるんだから、という思いになるのは自然なことだろうし。
○学校を残すとか潰すとか建て替えるとか名前変えるとかって話は、超少子化の時代ですから、わがまちでも今後ますます増える問題ですよ。毎回こういう議論してたら、当事者の人達は大変だわ。。。
○新しいほうの西小学校を弥生小学校として補強改修して残せば耐震問題も解決するし(既定方針前提では無理とのことだけど)、いまの弥生を旧弥生校舎として残せば、どちらの思いも叶う。。。てのは卑怯か??
「・・・・・・結局どっちなのよ!」と問われましても。
・・・どっちも俺ですよ。
なーんてな。(和久さん風)
関心ある人は7月28日夜の市民向け説明会に行ってみよう~。
じゃあの。(書き逃げ宣告)


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